デジタルマガジン

2012年07月15日 16:04

やはり“メディアリテラシー”は確率発動スキルなのだ……

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 7月13日からNHKで始まったBS時代劇『薄桜記』のタイトルをめぐって“メディアリテラシー”が試される事件が起こったようで、やはり「リテラシーに絶対水準などない、あくまで確率発動のスキルなのだ」と思い知らされました。

 薄桜記と薄桜鬼 – Togetter

 リンク先の中身をかいつまんで説明しますと、薄桜記(1958年の時代小説が元ネタ)の放送開始のニュースを聞いて『薄桜鬼(2008年発売の女性向け恋愛ゲーム)』のファンが「パクリだ」と怒りのツイート。それに対して薄桜記のファンが「違うよ。全然違うよ」と困惑のツイート。そこに外野が「薄桜鬼ファンはググるってことを知らないのか? メディアリテラシー(笑)」と嘲笑のツイートで安い優越感に浸っているといった感じです。

 第三者の立場で考えてみれば怒れる薄桜鬼ファンたちに“Googleで検索する”ぐらいのスキルがないわけがなく、単純に“薄桜鬼”という琴線に触れるキーワードが彼女たちのメディアリテラシーの発動確率を大きくさげたのだろうと思われます。

 それに対して嘲笑するツイートを投げるのは、自らがスキル発動に失敗したときにより大きく笑われるというリスクを生むだけで、メリットはこれっぽっちもないなと感じ入った次第です。

 まあなにかコトが起きたときに脊髄反射をしなければ良いのですが、そもそもTwitterは初期の「What are you doing?(今、なにしてる?)」のコピーのとおり脊髄反射のためのツールであり、脊髄反射をしないことを心がけて使うようでは祭りを楽しめません。バカにみられたっていいじゃない。

 しかしメディアリテラシーが確率発動であるならば求められていた“学び”はただ確率をあげるものでしかなく、1億総情報強者への道はまだまだ遠い。必要なのは小馬鹿にする突っ込みなどではなく行動を見守る生暖かい視線なのではないでしょうか。ええ。

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