おにぎりをさしだす

今朝のことだ。いつものように電車に乗り込むと、2歳半ぐらいの子供を抱いた母親が座っていた。電車が動き出してから気付いたのだが、子供はぐずっていた。母親があやすが、泣き止む気配はない。
乗り込んだ駅から1,2駅過ぎたぐらいだろうか、ぐずっていた子供が「おにぎり」「おにぎり」と言い出した。ぐずっていた理由はお腹が空いていたからだ。ああ、これで一安心――と思っていたが、いつまでたっても子供にご飯をあげない。
そのうちに2駅過ぎ、3駅過ぎ、子供のぐずりはひどくなってきた。食べさせるものがないのだろうか?そして再び「おにぎり」と言い出したので、私は行動に出た。かばんからおにぎりを取り出し、子供にあげようとしたのだ。
じつは毎朝出かける時に、朝ごはんの代わりにおにぎりを持って出ている。本当は家で食べた方がいいのだろうが、いつもギリギリまで寝ているので胃が受け付けないのだ。ムリして食べると吐いてしまう。
妻が握ってくれたおにぎり、私のお腹に入らなくても子供のお腹に入れば妻も満足してくれるだろう。そんなおにぎりを差し出した時、母親がびっくりするようなことを言った。
「いえ、おにぎりはあるんです」
私は差し出したおにぎりを、そのまま自分のカバンに仕舞い込んだ。その後母親は足の下においていたカバンからおにぎりを取り出し、子供に与え始めた。よほどお腹が空いていたのか、子供はバクバクと食べてしまった。
どうして最初からおにぎりをあげなかったんだろう?
少なくとも私が電車に乗り込み、おにぎりを差し出すまでに10分ちょっとは経っている。母子は私が乗り込んだ駅よりも、さらに前の駅から乗っている。つまり、子供が空腹で泣いているということを、ずっと前から母親は知っているはずなのに。
電車の中で食べ物を食べるというのは、たしかに良いことではない。マナー違反ではあるだろう。では子供がぐずり、周りをうるさくするのは許されるのか?少なくとも母親が取り出したおにぎりはいたって普通で、においも漂ってこなかった。
私にも2歳になる娘がいる。でかけた時、お腹が空いたと言われればすぐにでも持って来ている携帯食や、食べ物屋に入る。決して我慢させようと思ったことはない。だからこそ、この母親の行動が理解できなかった。
そして、さらに気になることがある。それは周りの乗客だ。私が動くまで誰も、何もしようとしなかった。私の乗り込む駅はベッドタウンで、降りる人はほとんどいない。満員に近い電車の中。ぐずる子供。乗客は何もしない。
私がおにぎりを差し出した時、視線が集まった。気になってもいたし、理解もしていたのだ。だけど、誰も救いの手を差し出そうとはしない。他人の子供なんかどうでもいいのか、それとも興味がないのか。とても悲しいことだ。
母親にも乗客にも疑問と不満を抱きつつ、私の乗った電車は走り続ける。おにぎりをくれようとした私に対して、その子供がずっと笑いかけてきてくれたのが唯一の救いだった。
(篠原 修司)
カテゴリ:コラム


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